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東京家庭裁判所 平成12年(少)3664号 決定

少年  M・K子(昭和58.1.8生)

主文

この事件について、少年を保護処分に付さない。

理由

1  警察から送致された本件審判に付すべき事由の要旨は、「少年は、平成10年私立の○△高校に進学したが、××に出演するなど芸能活動が活発になったことから校風にあわないとの理由で転校を強いられ、平成12年4月から千葉県○○市内の私立高校に転校し、同年5月までは真面目に通学していた。ところが、同年6月13日両親に無断で160万円の預金を払い戻して家出し、東京都○□区内のアパートを借りてアルバイトをしながら生活するようになり、その後自宅に戻った時も、両親や叔母等の意見に全く耳を貸さず、その制止を振り切って自宅から逃げ出すなどしていて、保護者の正当な監督に服さず勝手気ままな生活を送っており、このまま放置すると、将来生活に困って窃盗等の罪を犯すおそれがある」というものである。

他方、少年は、平成12年6月13日に160万円の預金を下ろして家出したことは認めているものの、この預金は少年が××として働いた報酬を銀行に預けていたお金であり、また、家出後はアパートを借りてアルバイトをしながら生活していたもので将来窃盗等の罪を犯すおそれはなかった旨述べてぐ犯性を否定しているところ、当裁判所において取り調べた関係証拠を検討しても、少年にぐ犯性があると認定するだけの証拠は存在しないから、本件において少年法3条1項3号にいうぐ犯の成立を認めることはできない。以下、敷衍して説明する。

2  関係証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、少年は、平成7年9月に私立の中学校から○△中学校に転校したが、中学2年生であった平成9年2月ころプロダクションの関係者からスカウトされ、1年余りのレッスンを経て××に出演するようになるなど××として芸能活動をするようになった。その後少年は、平成10年6月に同中学校を卒業し、同年9月○△高校に進学したが、高校2年生になってからは次第に学業と芸能活動の両立に困難を感じるようになるとともに、芸能活動を禁止している同高校側の勧めもあって、平成12年4月千葉県○○市内にある私立高校に転校した。ところが、少年は、同高校に転校する前ころから友達と遊んで帰宅時間が遅くなるなど生活に乱れが見え始め、これを心配した母親が少年に帰宅時間を厳しく注意するようになったことで、少年と母親との間で諍いが起こるようになった末、少年は、同年6月13日母親と喧嘩をした機会に、かねてからの計画どおりに、母親が管理していた少年名義の預金通帳から160万円を下ろした上で家出し、友達の母親が関係している東京都○□区内のアパートに入居するとともに同月20日から近くのファミリーレストランでアルバイトを始めるなどして一人暮らしをするようになった。その後、少年は、家出から1か月過ぎた同年7月中ごろ自宅に戻って母親らと話合いの機会をもったものの、お互いが理解し合うまでには至らず、帰宅を求める母親らの説得を拒否し、その制止を振り切ってアパートに戻り、その後も家族に住所を教えないまま一人暮らしを続けていた。しかし、その間、少年は、週に1回は実姉に電話をかけ、また、同年8月末ころや9月初めには自宅に顔を出すなど、一応家族との連絡は保っていたが、同月11日少年の所在を探し出した両親が警察に相談したことから、ぐ犯として当裁判所に送致された上観護措置を採られて東京少年鑑別所に収容された。

ところで、少年は、家出した理由について、子供のころから何不自由もなく育ててもらったものの、最近では母親から門限等を厳しく注意されるなど「大人」として認めてもらえなかったことで自立したいと思った旨、また、これから学業や芸能活動をどのようにしてゆくのが良いのかゆっくり一人になって考えたかった旨述べている。しかし、少年にそのような事情があったとしても、保護者である両親の許しを得ないまま家出した上、その住所も教えないで一人暮らしをしていた本件当時の少年の生活状況は、少年法3条1項3号のイ、ロがぐ犯事由として規定する「保護者の正当な監督に服しない性癖があること」「正当の理由がなく家庭に寄り付かないこと」に当たると言わざるを得ない。

他方、同条項にいうぐ犯が成立するためには、同条項各号が少年の一定期間中の行状ないし性癖として規定するぐ犯事由のほかに、少年が「その性格又は環境に照らして、将来、罪を犯し又は刑罰法令に触れる行為をする」おそれがあること、すなわちぐ犯性が認められなければならないところ、このぐ犯性は、ぐ犯事由から予測された将来少年が特定の犯罪を犯す危険性を意味するもので、ぐ犯事由とは独立した要件であると解されること、また、ぐ犯事由及びぐ犯性が認められてぐ犯が成立するときには、少年の健全育成を図るためとはいえ、少年に対して少年院送致等の不利益処分を科すこともできることからすれば、ぐ犯性の内容は、少年の性格や環境等に照らし、抽象的、一般的にみて将来少年が特定の犯罪を犯す可能性があると予測できるという程度では十分ではなく、将来少年が特定の犯罪を犯す蓋然性が高いと認められることが必要であると解される。これを本件について見ると、少年は、本件当時保護者の説得にもかかわらず家出し、その住所さえ教えることなく一人暮らしをしていたとはいえ、その間生活費を得るためにファミリーレストラン等でアルバイトをしていて、決して無為徒食していたわけではないこと、また、少年の生い立ちを見ると、少年は、裕福な家庭で何不自由もなく育ってきている上、知的能力も高く、今回家出が問題になるまでは保護者に反抗することもなく、その期待に沿った生活を送ってきていたもので、これまで補導歴や非行歴は全くないこと、さらに、今回家出した後も家族との連絡は保っており、保護者の監護から完全に離脱する意思まではなかったと認められることからすると、少年が本件当時家出して一人暮らしをしていたことを、少年の性格や環境等に照らして考えてみても、少年が将来窃盗等の罪を犯すおそれがあったとまでは断言できない(なお、少年は、今回家出をするに当たって母親に無断で160万円の銀行預金を下ろして持ち出しているが、その預金自体は少年が××として得た報酬を貯めていたものであり、また、少年がこの預金を下ろす際に母親の保管している預金通帳や印鑑を無断で持ち出した行為が窃盗罪を構成するとしても、これはアパートを借りるなどの当座の生活資金を得るためであって、少年が今後生活費に窮したときに同様の窃盗行為を繰り返す可能性がある根拠とすることはできない。さらに、少年が今回家出した時にアパートを紹介した友達やその母親等の行動には、常識的に見て疑問を抱かせるところがあって、今後少年がそのような人達との交際を続けたならば、何らかの犯罪に巻き込まれたり、犯罪の被害に遭ったりする可能性が全くなかったとまでは言えないものの、そのような事情をもってぐ犯性を基礎付ける事情とすることはできない。)。

3  以上のとおり、少年には、少年法3条1項3号にいうぐ犯性があったと認めるべき証拠はないから、同条項のぐ犯は成立しないと言うほかなく、少年法23条2項により、この事件について少年を保護処分に付さないこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 川口宰護)

〔参考〕少年補償事件(東京家 平12(少ロ)1号 平12.10.19決定)

主文

本人に対し、金11万5000円を交付する。

理由

1 当裁判所は、平成12年10月3日、本人に対する平成12年少第3664号ぐ犯保護事件(以下「別件」という。)において、送致された審判に付すべき事由が認められないことを理由として、本人を保護処分に付さない旨の決定(以下「不処分決定」という。)をしたところ、別件記録によれば、本人は、同事実について同年9月11日東京少年鑑別所に送致する旨の観護措置決定を受けて同日同鑑別所に収容され、同年10月3日上記不処分決定を受けて退所するまで、合計23日間身体の自由を拘束されたことが明らかである。

2 ところで、少年の保護事件に係る補償に関する法律2条1項は、本件のように、審判に付すべき事由が認められないことを理由として不処分決定がなされたときには、身体の自由の拘束に関して補償すべきことを規定するとともに、同法3条各号が、補償の全部又は一部をしないことができる事由を規定しているところ、本人については、同法3条各号が定めるような事情は認められない。

3 そこで、補償金額について検討するに、別件記録によれば、本人は、東京少年鑑別所に収容された当時、午前6時から午前10時までの4時間ファミリーレストランでアルバイトをしていて、その時給は980円であったこと、他方、別件が当裁判所に送致され、かつ、本人に対して上記観護措置決定が採られたのは、本人が保護者である両親等の意見に耳を貸さず、家出したまま住所さえ教えないで一人暮らしを続けていただけでなく、保護者が本人の居場所を突き止めて連れ戻した際にも「また家出してやる」と豪語するなどしていたことで、思い余った保護者が警察に相談して本人の身柄の確保を依頼したことが発端となっており、上記観護措置が採られた当時においては、本人を保護した上で心身鑑別を実施するとともに本人と保護者との関係を調整する緊急の必要があったと認めるべき相当の理由があったと考えられること(なお、このような事情をもって、同法3条3号にいう「補償の必要性を失わせ又は減殺する特別の事情があるとき」に当たるとすることはできないが、補償金額を算定するに当たっては当然考慮できると解される。)など本件に表れた諸般の事情を総合考慮すると、本人に対しては、1日5000円の割合による補償をするのが相当である。

4 よって、本人に対し、補償の対象となる全期間につき、上記割合による補償金合計11万5000円を交付することとし、同法5条1項により、主文のとおり決定する。

(裁判官 川口宰護)

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